【幻の名品】出逢えました。骨董も人も本当に一期一会です。

この仕事をしていると、思わぬ出逢いをすることが数多くあります。

最近も、幻の大名品に出逢うことができました。

これまた阿波モノで、とってもマニアックな方の作品なのです。

矢野伊章(1785-1840)

ご存じの方はいらっしゃるでしょうか(笑)

一説にはあの写楽と同一人物だといわれていた矢野栄教の息子です。

父親と同様、狩野派を学んだ藩絵師ですが、遺作は非常に少なかったとされています。

県下にはたった1点のみ、柿人麻呂の歌仙図が鳴門市の個人宅で確認されていただけでした。

それがこのたび、おそらく2点目であろう彼の作品に、ご縁あって出逢うことができたのです!

歌仙図の保存状態は非常に悪かったのに対し、それは細密に描かれた極彩色の北宋画で、彼の画風がうかがえる素晴らしい発見でした。

残念ながら写真を掲載することはできませんが、しかるべく方の元にお嫁にいくことでしょう。

どうか大切に、後世へと継がれていくことを願っています。

江戸時代の徳島にはすごい画家がいた!巨匠円山応挙の弟子/【孔雀堂】松浦春挙

徳島の画家なんてまたまたマイナーな…全然名前の知れた人なんていないでしょ?

と思われた方。実は探れば出てくるんです。。

日本画には、狩野派・円山派・四条派・住吉派など流派が存在しますが、その中でも円山派。これは江戸中期に花鳥や動物などを非常に写実的に描いたことで知られる円山応挙から生まれた流派です。日本画なんてよくわからないという方でも、学校の教科書にも出てくる彼の名前なら聞き覚えがあるのではないのでしょうか。

その円山応挙の弟子で腕の立つ画家が、実は江戸時代の徳島にいたんです。

その名が、松浦春挙(1772~1847)です。

彼は藍商の家に生まれました。当時の藍商といえば、そこら一帯を牛耳るほどかなり裕福だったので、京都に行って巨匠と仰がれていた円山応挙に師事していたこともうなずける話です。

裕福な春挙は、当時高級品でなかなか手に入らなかった岩絵具をふんだんに使い、不自由なく絵の修行をすることができました。うらやましい話ですね。

円山応挙の弟子であると一目でわかる彼の作品。200年以上昔の作品であっても、今見ても写実的で美しい作品が数多く遺されています。

花鳥や動物などを豪華に描くのが得意な彼でしたが、なかでも群を抜いて得意だったのが孔雀の絵です。自身でも「孔雀堂」というアトリエを作るほど、自信があったんでしょうね。

掛軸は今の時代、ひと昔と比べて残念ながら値段が下がってしまっている現状ですが、それでも今松浦春挙の孔雀が出てこようものなら・・・・保存状態にもよりますがかなりの値打ちになることは間違いありません。

松浦春挙の孔雀 は当店でも一度扱ったことがありますが、入荷して一週間もしない間にコレクターのもとにお嫁に行きました。。。よいお品はすぐ売れてしまうんです。世の中の常ですね。

骨董品はすべて一点しかないもの。特に絵画は一期一会。この奥深い世界に足を踏み入れて早10年以上が経ちました。

老舗デパートが潰れてしまう、このモノが売れなくなっていく令和時代ではありますが、細々と営んでいく次第です。

こちらの作品、孔雀ではありませんがそんな松浦春挙の作品。猿を描いたものです。上手ですよね。絵の具の色も美しく遺っています。陰影もあって立体的で、少しはにかんでる様子がまたいいですね。

こんな感じでブログも再開します。ではまたお逢いしましょう。